俺の目の届く範囲にいてくれ


どうも、この二人は恋人色よりも相棒色の方に染まりたたい願望ですね。大庵さんとか、アクションシーンを演じれば絶対様になる。(でも、リーゼントはもう少し小さくないと、扉とかに挟まれてお笑いになってしまいそう、オチとしてはOKだけど)
てな願望で、お姫様のピンチに駆けつける王子さまのシチュエーション。

『大人しい奴ほど何するかわかんねぇぜ。』

 相棒の忠告を、乾いた口の中で反覆した。
 うん、確かに君の言う通りみたいだ。響也は呑気にそう思い、目の前の状況をおさらいする。
 刃渡り30センチはあろうかという出刃包丁をしっかりと両手に持った被疑者が、唯一の脱出口である扉を背に立っていた。
 ああもう、どうしてこんな奴を裁量保釈になんてしたんだい。

「すいません。」
「…僕に謝られてもね…。」
 口をついて出るのは溜息で。それを見た男は大きく顔を歪め、謝罪の言葉を繰り返す。けれど、じりじりと近寄ってくるのは凶器である刃物だ。普通はそんなものを持って散歩などしないのだから、最初からこの事件の担当検事である自分を狙って持ち運んでいた事は明白。
 此処が法廷ならば立派に有罪に出来る状況なのだが、どうも絶対絶命なのは自分の方らしかった。あちこち視線を走らせてみても、やはり出口は男の背にしかない。
 今ばかりは、目立つ自分の容貌が恨めしい。

「貴方がいなくなったら、起訴ってされないんですよね? 裁判とか困るんです。本当に困るんですよ。絶対に駄目です。」
「アンタは困るかもしれないけど、被害者だって充分に困っているんだけどね。それに、僕を殺しても別の誰かが引き継ぐだけだよ。」
 目つきを鋭くした響也に対して、男はああと首を横に振った。
「じゃあ、どうしろって言うんですか? 仕方ないじゃないですか、仕方ないんですよ。」
 憐れみを乞うような表情で、男は包丁を振り翳す。掠めた刃は避けたものの後ずさった場所は部屋の角で、今度は完全に退路を塞がれた。
 肌を舐めるような液体が、左腕からポタリと床に落ちる。幾つもの紅い円が、埃を被った床を飾っていくのが見える。
「くそ…担当刑事のくせに…。」
 こんな奴野放しにして。後で、散々愚痴ってやるからな、ダイアン。歯噛みするような思いでそう呟いた。尤も、後があればの話だけれど。

「だから、一人で出歩くなっていっただろうが。」

 聞き慣れた声に顔を上げれば、フッと目の前の男の姿がぶれたように見えた。
 気付くと足元に男と刃物が転がり、眉月刑事は手慣れた仕草で手錠をかけている最中。携帯で署へ応援を呼び終わるのを待って、響也は声を掛けた。

「……遅い、ぞ。」
 急に腕が痛み出して、言葉が途切れる。見上げる大庵の顔は、きつく眉を寄せていたが、口端を上げた響也に呆れた表情に変わった。
「素直に礼も言えないのかよ。」
「ついて来なかったのは、ダイアンだ…ろ。 い、痛っ、もっと丁重に扱ってくれよ。」
「お姫様みたいに扱ってる。ったく、大事な腕に怪我なんてしやがって。おまけに顔に傷でも残ったらどうするつもりだ。」
 響也の上腕に服を撒いて止血していた大庵の手が、背中に回ったと同時に抱き締められる。
 ギグの最中ならまだしも、こんな所で抱き合きあっているのは明らかにおかしいだろ?
「応援がくるよ、ダイアン」
 (うるせぇよ)と呟きが聞こえた。
「助けを乞う気が無いんなら、俺の目の届く範囲にいてくれ、ガリュウ」

 サイレンの音。階段を上がってくる足音。

 重なった身体が乖離する一瞬に、抱き締めた腕に力がこもる。
「こんな感情は…最悪だ。」  


〜Fin



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